
吉田 房子
一人で運転出来るようになるまで色々な事にぶつかる。特に女性の場合は怖さが取れるまでにずいぶん時間がかかるものである。あるとき、練習の為にホワイトプレーンズからニュウロシエルまで、私が運転していく事になって、同乗者は吉田とRさんであった。吉田は私が免許を取っても私の運転を全然信用していないし、私だって怖さは相変わらずである。
1車線の対面道路のせまい道を通っている時、吉田が例の調子で、通りの表示を自分で読まないと、いつまでたっても自分のいきたいところにいけないではないかと言い出した。運転しながら、一つ一つの通りの名前をすばやく読んでいけというわけである。
私にすれば、時間をかけないと英語の通り名など読めたものではない。
おまけに田舎の通りなので木の枝が表示板にさしかかっていたりして、身体を動かさないと見えなかったりする。それでも練習の為だからというので、私は葉っぱにかくれている表示を運転しながら、見ようとした。
そのとき、Rさんの悲鳴があがり、私も車の動揺が違うので一瞬何が起こったのかわからなかった。そして吉田の「左にハンドルを切れ!左に!」という悲鳴に近い言葉で、車が右方の肩に乗り上げて、しかも肩ではなくせまい土手でその下は小さい川が流れている。その土手の上を車が走っているのに気がついたのである。
私は恐怖に襲われるよりもどうしてそんな事になっているのかわけがわからなくて、とりあえず、吉田がいうように左にハンドルを切って、道路に戻った。その間、20メートル以上、土手の上を走っていた事になる。私は不思議に怖いとも思わず、無事に終わったのだからまあいいではないかという気分であった。怖いと思うひまがなかったというほうがあたっている。
ところが1車線であるので後ろについてきていた車が私を追い越す事が出来ないで、しかたなく、私ののろのろ運転についてきたり、クラクションを鳴らしたり、していたのであるが、その出来事のあと、私の車の後続車はいっせいにいなくなってしまったのである。 私は彼等のそのすばやさの方がびっくりさせられた。彼等にしてみれば、あきらかに初心者である事はわかっているから、のろのろ運転につきあっていたのであるけれど、まさか土手の上を走る等という事は想像もできなかったのであろう。こんな危ない車の後ろについているよりも、遠回りしても、危険をさけた方がよいと思ったに違いない。
あとで考えると私の例の他の方を見ようとすると、車までその方向にいってしまう癖がでたのであるが、これは私だけの癖であるのか、それとも初心者はみんなそうであるのか、いつか聞いてみたいと思いながら、今日まできてしまった。
ただ、本人に自信が出来るまでは、運転しながら、他の事をさせるべきではないという事はわかる。吉田が自動車学校を持った時はこの事を教訓にして、初心者に二つ以上の事を同時にさせてはいけないという事をインストラクター教習書に何回もいっている。 が、それは後日の話しで、それからもホワイトプレーンズとマンハッタンをいったり、きたりして練習していたが、私に自信がついたのは、始めて自分一人でマンハッタンまでいき、帰りも一人で帰って来た時であった。
もちろん、吉田もいなくて同乗者もいない、まったくの一人である。どうして一人であったのか忘れてしまったが、そのとき、始めて私はゆったりと運転できて、しかも一人ではなくて、車と二人ずれという感じを持ったのである。
それ以後、車の運転を怖いと思った事がない。あるときなど、何回めかの同居人をつれて、近くの高速道路でスピードの練習にいった。もちろん彼女は免許証を持っていたし、運転も出来るがハイウエイに乗るのが怖いという事であった。女性で高速道路に乗りたがらない人は非常に多い、私のホワイトプレーンズの友達など、20年間、1回もハイウエイに乗った事がない、それで彼女のステーションワゴンを新しいくるまに替える時、彼女の古い車は12.3年で2万マイルしか走っていなかった。
ともあれ、我々は684であったと思うけれども、(当時は出来てまがなかったので、4車線1台も車が走っていなかった)高速道路に車を乗り入れて、彼女に練習させようとした。私の考えでは、早く走った事がないので怖いのであって、例えば60マイルで走れば50マイルで走るのは何でもなくなり、余裕が出来る筈だと考えたのである。
ところが彼女は、私がもっと早くもっと早くと催促しても、55マイルが規則だから、と絶対にスピードを上げようとしない、それも40マイル以下である。私にするとそれでは何の練習にもならないし、高速道路にきた意味がない。4車線あって、車が1台もきていないのである。やってみれば良いのについに彼女は40マイル以上は速度を出さなくて私も、あきらめてしまった。従ってマンハッタンまでの行き帰りはいつも私だけが運転する事になったのである。
スピードといえば、それよりも前に私はワシントンDCまで毎月、2回琴と三味線を教えにいっていたことがある。そのときはマンハッタンから DCまで4時間以上も高速道路にのりっぱなしなので、たまに同乗者のRさんに変わって貰った事があった。しばらくして、ふっと気がつくとRさんが口の中でぶつぶつつぶやいている。不思議に思って耳をすませてみると
「怖い、あーこわい、」と彼女の声が聞こえてきた。それをずーっと続けながら運転しているのである。私はぞーっとして、疲れも何もふっとんでしまい、何も云わずにさっそく運転を交代したのであった。それ以後、Rさんに運転をして貰った事はない。
© Anzen Driving Schools, Inc., 1999